穴の底書店
店長:坑内係
地上の常識は、穴の底まで持ち込まない。古典も工事記録も漫画も、降りてから人間が濃くなる本だけ並べる。
下へ進むたび、常識の天井が抜けていく
岩盤の熱より、人間の命令のほうが怖い
地下生活十三年、孤独は野生に戻っていく
深層ほど腹が減る、この食欲だけは地上級
奈落へ降りる愛は、上昇よりずっと痛い
地下を掘る執念が、東京の時間を走らせた
一駅降りるたび、父の昭和へ近づいていく
見えない川を追う、街の裏側の宝探し
本の海は地下にある、沈むほど物語が息をする
埋めた幼年期が、土の内側から殴り返す
蟻の巣の静けさで、家族の罪が増殖する
砂の穴に落ちて、逃げる理由が減っていく
坑内の笑い声だけが、地上に届かなかった
閉山のあと、坑夫は地上でどこへ行ったか
岩を掘る三年、削られたのは人のほうだった
地下を走る線路が、人ひとり分の自由を運ぶ